突然訪れた、失うかも知れない不安を押し殺して、助けたくて必死こいて看病して、全てをぶん投げて、必要なことは何でもやって何処にでも行って、どんなに疲れたって、夜中までネットを調べて何かいい方法はないか?って寝不足に落ちろうとも、本人の前では、病気になる前よりももっと、まるで人が変わったんじゃないか?と言われるくらい今まで以上に笑顔でいれば良い。
それが役割だろ。
そして、本人が喜んでくれて、少しでも体調が良い方に向かってくれれば、それがご褒美だよ。
ブータンの国王が来日されて、その人となりに好感を持つ日本人も多いことでしょう。
またブータンという国の「幸せ」に対する考え方実際の国民の幸福度などに感心し関心を持った人も多いはず。
こんな記事を見つけました。
ブータン国王夫妻の来日で、この国への関心がぐんと高まった。特に、心の充実感を指標とする「国民総幸福量(GNH)」についてである。
ヒマラヤ山脈の東端にあり、広さは九州ほどだ。人口は約70万人と少ない。
1人当たりの国民総所得は、2020ドルで貧しい。だが国勢調査では、90%以上の人が「幸せ」と答えている。
また、人類のルーツとして血液型を調べて行くとブータン人と日本人はもっとも近い部類に入るそうで、いわば人類でもかなり近い親戚になるそうだ。
さて、私たち癌夫婦は(つまり癌を患った配偶者を支えている、という意味ですが)どこに幸福があるんだ?
と考えてしまう人がほとんどではないでしょうか。
筆者自身も妻が末期癌と宣告されてからしばらくの間は、
「なんで、私ばかりそんな目に会わなくてはいけないんだ?」
「不公平だ。不幸だ!」
と思いたくなくても思わず心に浮かんでしまったものです。
しかし、人というものは、今目の前にある現実の中から幸せな気持ちになる方法を見つけ出す能力があるのです。
確かにそれまではもっと大きな夢を持っていたけれど、癌という病気に阻まれて萎んでしまった、それでも一定時間を過ぎると新たな「夢」や「幸せ」を探し始める能力があるんです。
それこそ、治療療養期間のなかでそれこそ、「まるで一生分の喜怒哀楽を体験するような」気持ちになれます。
これは、特定の個人の特殊な能力ではなく、誰でもそんな心境になることができるのです。「現実を受け入れる」ことも大切ですが、「どうせ受け入れなきゃいけないなら、、、してやる! くらいの気持ちで受け入れましょう。
「、、、」の部分はこのブログの過去記事やこれからの記事を読んでいただければ分かっていただけることでしょう。
本当はね。癌に限らないのです。
人間はいつかは死ぬわけで当たり前のこと。人によって早い人もいればゆっくり来る人。それぞれです。
でもね、遺される人が考えることは、苦しまなかっただろうかってこと。そして治療中苦しくはないだろうか?
これに心を持って行かれるんだよ。
病気になっても、苦しまずいつの間にか眠っているうちに・・・周りで支えている人の思いは同じだ。
私はこの癌の死に方しか見ていないから、そのことに気を奪われる。もし痛みを分かつことが出来るならいくらでも引き受けたいけれど、、、神様に祈っても仏様に願っても許されない。
その苦しみの状態や現実はここでは書かない。残酷だもの。それは読みたい人がその時の自分の役割を知りたいと思った時に読んで欲しいから、私の体験も一緒に別なところにしまい込みました。「読む、読みたい」そう選んだ人だけが読めるようにしています。
これから、支える家族は初めてのことであれば本当に衝撃的な場面に何度も出くわすことになるはずなんです。
その覚悟をしっかり定めて毎日を過ごして欲しいなぁって思います。
夫や妻に癌が発見されたら最初にやること、考える事。
癌は怖いです。
それは誰しも怖いです。何故なら死に至る可能性がとても高い病気だからです。
だからこそ生命保険などでも手厚く保証しますよ。と保険会社も様々な種類の保険を考えだすのですよね。
言ってみれば、恐怖を煽ってから「この保険に入れば安心ですよ」みたいに安堵感を与えて加入者を増やしているわけです。
その他の病気も同じですが日本人の死亡原因1位という地位は当分変わらないのでしょうね。だからこそ怖い。と強く感じるのも他の人間もかかっているのだから自分も掛かるかも・・・
そんな風に考えてしまいがちです。
自分が癌になった時のことを考えればそれも怖いです。
でもね、同じくらい怖いのは、家族が癌になった時も同じだと思うのです。
家族の誰がなってもその恐怖は同じくらいかとは思いますが、自分と同位または年の若いものが癌になった。
つまりは、夫、妻、子供が不治の病かも知れない、死に至る病、病状になりやすい病気にかかった時に、その喪失感、不安感には計り知れないものがあります。
もちろん、子供の立場から見た親もそうだと思います。
ここでは、妻や夫を対象に書かせていただいてますのでお許しを!
そういう「支えるための悩み」を相談することができるサイトがたくさんありますよね。ちょっと検索すれば星の数ほどの悩みが表示されます。
筆者はこのサイトを運営している関係上よく覗くのですが、本当にたくさんの相談が寄せられていますよね。
あの中には、たくさんの「悲しみ」「恐怖」「悲哀」「喪失感」などの負のマイナスの感情が溢れているんですよね。
もう、それこそ大洪水が来て、いつもの綺麗な澄んだ水じゃなくて、汚泥や瓦礫なんかが混じってしまって濁った濁流ですよね。
悪い、と言っているのではありませんよ。みんな、何かの答えを求めて彷徨っているのですから、その答えを探せる場所なので良いのです。
ですから、出来るなら、それらの過去の相談と内容から今の自分の状況に近いものを探すのではなくて、実際に利用して相談したほうが良いと思います。
実際に過去の相談を読みふけっているとそれこそ、トラウマになりそうなくらい共感してしまうことがあります。
そう、心の叫びですからね。
もう本音です。
人は人の本音には共感できるのですよね。
私が思うには、いま現実に大切な人が癌に冒されて、その状況から少しでも良い方向に進めたいと思ったら、他の過去の相談Logは読まずにすぐに相談するべきだな。って思うんです。
相談が終わった他の人の過去の事例は確かに役に立つものもたくさんあります。自分と同じような事例、参考になりそうな話もきっと探せるでしょう。
でも、負のパワーだけを発しているものもあって、惹きこまれそうになるのです。本当に欲しい情報に辿り着くまでにかなりの精神的負担を被ることにもなるでしょう。
そういう情報を探したければ誰か他の人に頼むのも手ですよ。
病は気から
病は気から。
それは確かにある。
メンタルな部分が身体に影響を及ぼすことは前から言われている。
Read More
闘いが終わったはずの筆者もそうだ。
新たなものを抱えている。
抱えているものから逃げているうちは溜まっていくだけだ。
Read More
【440の破片:告知】
癌の告知というのは大変な精神的負担を伴いますね。
最近は、本人に隠すのではなく、はっきりと伝える傾向にあるようですが、筆者も賛成です。
妻の癌闘病生活を見てきてそう思います。
Read More
嫁が癌になったらやるべきこと、確認しておくことリスト。
さて、これから貴方が知ることは、貴方にとって大切なパートナーである妻、女房が癌になった時に、
「自分を見失うことなく、やるべきことを簡潔に理解するための応援記事」です。
貴方の参考になれば幸い。
「癌は必ず死ぬ病気ではないことを確認しろ」
ステージ、病名、生存の可能性を自分で確認しろ
必要なら医者を変えろ、セカンドオピニオンは気兼ねなくやれ。
Read More
「明日をも知れないから今日会いに行く」
毎日、そんな気持ちで行くんじゃんか?
だから、病院のベッドでアイツが
「遅い!」
とか言って
普通に拗ねてたりしたら、
『嬉しい』んだよな。
Read More
癌という病気を患者側から書くのではなく、患者の傍に寄り添って世話をする側、つまり家族であったり夫の立場、妻の立場からみた「癌」という病気の苦しさつらさ、そして、残りの時間を気にしながらもそれぞれの目標に突き進むしかない不安という暗闇の中に、実は遠くに見ることが出来る場合が灯り。
毎日の眼には見えない膜のようなものに包まれ、押しても引いても刃物で切ろうとしても破れない閉塞感とともに、ときおり訪れる人生最高の時に経験したはずの幸福感に思わず「このままで良い、あまりに歩みの遅い自分の死期が来るまでこのままでイイから、それまで一緒に居てくれ」
そんなふうに考える一瞬を恐ろしいと思いながら、その苦しみを目の当たりにし、変化する毎日に一喜一憂しながらでもそう願ってしまう。
そのためなら自分はどんなことでもする、そう自分に誓う。
その誓いは、本当は疲れきった身体にムチとともに高揚感さえ与える。
その身体の持ち主は常時に緊張感に耐えぬく。
ある日、子に教えられて鏡の中の顔に驚く。
「その人はベッドの上で頑張っているのに自分が頑張らなくてどうする」
という気持ちを維持し続けた。
そして・・・
癌はそんな病気。
また書くよ。