40歳で発症して



40歳~60歳の夫婦が癌に立ち向かうためのいろんなことを書いてみた。キャンサーノート

ベッドの上から・・・(431~440/440)

その日も病院に泊った。個室に移されてから3日ほど経ったはずだ。

彼女は気丈だ。

いまだにトイレに自分で行こうとする。もちろん私も支える。
ベッドから起き上がり、そばに置いてある簡易トイレに、身体を私に任せてまるでスローモーションのように座る。

その支える身体は重みを感じられなくて、顔がクシャクシャに歪みそうだ。「俺の言う事を聞け、顔面の筋肉たち」

用を足して女性ならではの後始末をして、またゆっくりベッドに戻る。

「今晩も泊れるの?」

「あぁ、もちろん傍にいるよ」

安心した笑顔が笑顔になっていないけれど喜んでいる事だけは分かった。

また、浅い眠りに入ったようだ。

癌患者、だけではないだろうが、長い入院になれば、常にベッドにいるから、時間を関係なく眠ることにもなる。その時に処方されている薬の影響もあるのだろうけれど、自然と浅く長い眠りになるのだろう。

もし、私が彼女と同じ病気になったなら、昼間はなんとしても起きていよう、そう思った。

彼女は夜が怖いらしい。

そりゃぁそうだろう、昼間たくさん寝てるから、夜だって目が覚めてしまうし、そうなれば、衣ずれの音くらいしか聞こえない時間に考えることは一つになってしまうはずだ。

暗闇にひとり取り残される、というのはそれこその“死の世界” を想像させることだろう。それはとても恐怖であるだろうし、気分も落ち込むことになるはずだ。
だから、夜眠れるように、できるだけ昼間の時間を一緒に過ごして起こしておいてあげることもひとつの看護なのではないだろうか?

私も慣れてしまった浅い眠りに入った。
ベッドや簡易ベッドはないから、自前で調達したキャンプなどでも使える空気で膨らますタイプのマットレスだ。

それをベッドのわきの床に敷敷いて寝る。

これはちょっと問題があった。空気を入れるのに、付属のモーター付きの空気入れを使うのだけれど、これがモーター音がうるさい。

だから昼間のうちに空気を入れておかないと迷惑な事この上ない。

それにビニール製なのでマットに上がるときも寝返りの時も音を立てる。

迷惑だからと違う方法を考えたいのだがその時間を-YUKI-の癌は待ってくれるのだろうか?

深夜目が覚めた。2時ころだと思う・・・

ベッドから彼女が見下ろしている。
距離1m弱。

ジッ~と。

「どうしたの? おしっこ?」

と聴いた。

彼女の応えは・・・

癌が見つかって明日入院(1~10/440)

看護師である彼女の勤務先は乳児院だった。つまり、親が育児放棄したりその他の理由で育てられない子供たちの世話をするところだ。

もうすぐ管理職になるような話をしていた。
それも職員ではなく、看護師として、その資格知識を活かしてできるらしい。そんなことを言いながらも充実した毎日だったのではないだろうか。

春先、3月の下旬、彼女は仕事から帰ってきて、すぐにコタツに潜り込んできた。

「疲れた!」という。

その次の日も、

さらに次の日も、

「たぶん、昇進がかかっていて張り切って仕事してるんだなぁ」

と思ったので夕飯の準備を買って出た。

そんな日が1週間ほど続いた。

帰ってきた彼女はコタツに入り横になるなり言った。

「ねぇ、これ見て!触ってみて・・・」

腹をたくしあげている。

私は頭の中で「お前、まだ早いだろ!」なんてバカなことを考えていた。

・・・・・

そして彼女には癌が発見され即入院の強制切符が渡された。

あなたにとって、これから支えていく人が大切な人かどうかは私は知らない。
たぶん、大切だからここを読んでいるんだと思う。

中にはパートナーが「癌」と分かった時点で腰が引けてしまい、逃げ出したくなる人だっているのだ。

この物語はまだまだ始まったばかり、このあとも続く。

でも少しアドバイスがしたくなった。

あなたの彼(彼女)夫(妻)に癌が発見されたこの時期はもっとも大切な時期なのだ。

ここを外すとあとはズルズルと引きずってしまう。

この時期、つまり、癌が発見されて、入院して、1カ月ほどだろうか。この時期を外してはいけない。もっとも大切な時期。

この時期にあなたのハートにはヒビが入るかもしれないな。
私の場合は「ピシ」と音がした。

「これ、いつか壊れるのかもしれないな」その時感じた。

(その当たりについては書いていくのでこの中を探索でもしておくれ。。。)

さて、この時期に必要なことを書いて置こう。

自分たちの資金力を把握する。

任意保険に入っているなら、癌で入院したときの給付金はいくらになるのか?
相方の入院による収入がいくら減るのか?

現金・預貯金の総額は?

公的な保険、傷病手当や高額療養費の確認。

毎月の支出を再確認。

学校など教育、食料代、水道光熱費など毎月の支出と入院による消耗品や雑費がいくらくらいになるかなどを把握、予測しておく。

お金のことを話すのは良くない!
、みたいな悠長なことは言っていられない。命が掛っているのだからしっかり把握して患者に余計な心配をさせない事がもっとも大切なことだろう。

つまり、相方が癌になったことによって、入ってくるようになるお金と出て行くお金をできるだけ知っておこうということだ。
あとは電卓を使えるならなんとかなるだろう。

親戚、知人に知らせること

親兄弟、より親しい親戚、親友クラスの友人、会社などの誰に知らせるかを決めていくこと。

そしてどこまで話すかを決めておくこと。

特に余命が告知されたなら特に熟考しなくてはいけない。

公に知られても良いなら構わないが、そうはいかないことが多いはずだ。

それについては私の実体験を書き溜めたものがあるので利用して頂ければよいと思う。

このときの対応で「人に恨まれることだってあるのだ」ということを覚えておいて欲しい。「お叱りを受けること」だってある。
良かれと思ってやったことでもだ。

ただし、この物語の「良かれ」は-YUKI-のためだけに【良かれ】と考えての行動だったことをお伝えしておこう。

その後の処理など私はどうでも良かった。
知人に叱られようが親戚と絶縁状態になろうがどうでも良かった。-YUKI-がまた元気になってくれればその他のことなど、なんとでもしてやる。

そう思い込んでいた。

一つの失敗でもあるけれど、それについての後悔はほんの少しだけだ。

あとはやはり心の問題だ。

私はそちらの方が大切かも知れないと考えている。

お金は確かに一時的、それこそ生きている間、もちろん完治できるかもしれない、しかし、余命を宣告された時点で支える者としては、その可能性もしっかり考えておくことが必要だ。
たくさんの事を考え対処できるような状態、心の覚悟をしておくことが大切だ。

次にその話をしておこう。

心に鎧を(11~100/440)

前の項目の後半で少し書いたけれど、私も失敗をした。覚悟の行動だったからかまいはしない。

それはこの文章を書いている今現在でも後悔はしていないということだ。

あの時に心に刻み込んだことは今でもまったく正しいとしか思えない。

今の私の状況を話すこともあるだろうし、あの当時から変わっていないことを書いたりするとまた叱られるのかもしれない。

もっとも、叱る人も、もう私の前に現れることもないのかも知れないが・・・

人の性格というのものは、様々で、相方(夫や妻)が癌になった、それも末期だ余命も言い渡されちゃった。というときに、ものすごく優しい人、ちょっと心の弱い人はしばらくの間は家で泣き暮らすこともあるだろうし、ちょっとしたことで怒りだして、「あんた血管切れるよ」みたいな人というのは心配すぎてその気持ちのおきどころが分からなくなって怒ってしまう場合もあったりするわけだ。

その相方の癌に立ち向かうことのできない人は、時に逃げ出すのだ。

良い。

どの道を取ろうと目の前にあることは現実なのだ。
その場所から逃げ出すことができても、その現実から逃げてしまった自分というのは終生、ついて回ることになるのだ。

だから、失う恐怖や孤独になる不安も感じるだけ感じればよいのだ。

泣くなら泣けるだけ泣け、目を真っ赤にして、目の周りをパンパンに腫らしてでも泣け。

相方が弱ったらそれを支えるのは一方の相方である貴方だけなのだ。
当たり前のことだ。ましてや今回は癌だ。
大変な病気なのだ。

そりゃぁ周りにも人はいるだろう。親も兄弟もいるだろう、しかしメインになる要になるのは貴方しかいない。

「自分しかいない」そう思って良いのだ。何のために何年も夫婦として暮らしてきたんだ。

だから、貴方がやるのだ。

『泣けるだけ泣いたら、怖がるだけ怖がったら、心に鎧を着るのだ』

おそらく、これから眠れぬ夜が続くはず。

でも、負けてはいけない。

貴方の相方はもっと苦しい状況になっているはず、心も身体もだ。

貴方は自分の体調も万全にして心に鎧を着込んで、闘いに入ることだ。

患者になった相方に心配されないように、、、がんばれ!

(そうそう、当時から書いているけれど、私は「頑張れ!」という言葉を頻繁に使います。
それは、自分には『がんばれ!」という言葉を使う資格が充分にあると思っているからです。)

ご褒美がキタ(101~200/440)

癌患者になった相方を実際にどのように支えて行くか、ということや、さの最中に起こる事件のようなものへの対処方法などについては、このサイトの中に色んな形で書いたり、レポートにまとめたりしているのでここでは書かない。

ご褒美がキタ~~!

という時期だった。

半年にわたる癌治療の入院生活、誰でもそうだと思うがその期間は想像を絶するとはこの事だ。と思った。

その系列の映画やドラマがきれいごと過ぎる~と思えるような期間だ。
もちろん映画やドラマには表現の限界があるだろうと思っているので、それはそれで良いのだ。(批判をしているわけではないよ)

《退院という嬉しい言葉》

ちょうど半年ほど過ぎたころ退院の話が主治医からちらほらと出てくるようになった。
本人?そりゃぁもう大喜びですよ。

毎日、先生に訪ねてましたから、、、

主治医の先生からは『今度の癌細胞検診で検査が良かったらね』みたいなことを言われてもご機嫌ですから、、、

楽しみで、仲の良くなった看護師さんとも談笑しながらお世話してもらってましたからね。

でもね、私、主治医の先生に呼ばれてるんですよ。
聞いてるんですね。

主治医『あくまでも一時的ですから』ってね。

だからね。。。
手放しでは喜んではいないわけです。

だからと言って、
夫婦看護をする側としては、そりゃぁ嬉しい事は嬉しいですから、何カ月も辛い治療に耐えてきたのですから、楽しく過ごさせてやりたい。と思うのは人情ですよね。

そこで色々考えました。それは他のページに書いていますから、興味があったら読んでみてください。

重要なことは、相方の体調を頭に入れてから喜ぶ事、楽しめることを考えだせば良いのです。

きっと、家で快適に過ごせるように改造するとか、温泉に連れて行くとか考えるのではないでしょうか。

私達の場合、トイレの位置まで変更、改築しましたからね。

《この項のアドバイス(101~200/440)》

・一時退院時の注意すべきこと

・例えば旅行に連れて行くならこんなところに注意しよう。

・自宅療養を快適にするためのチェックポイント

末期時の目標(201~350/440)

また病院に戻った-YUKI-に、目標ができた。

人間は気持ちに大きく左右される、人によっては生きていたくないと強く想うことがあれば体調を崩したり、場合によっては死にいたることだってある。

筆者の私事の話をしよう。

ある50歳代のご夫婦の話だ。

奥さんが癌になってまもなく亡くなった。
次の年旦那さんも亡くなった。

この理由は生きる気力を無くしたからだと思う。

何故なら、その旦那さんは奥さんを亡くされてから、毎日パソコンに残されていた奥さんの写真を眺めていたそうだ。

病名は同じく癌。

おそらく生きる気力を無くされたんだと思う。

現代の医療であればもしかしたらなんらかの病名がついたのかもしれない。

あくまでも想像でしかないけれど、旦那さんは癌になって嬉しかったのではないかな。

これと同じ事がいま生きて治療に専念している癌患者にも起る事だと思う。
何故なら、私自身、そういう場面の妻をたくさん見たからだ。
健康な人間から見れば小さな、すぐに達成させる事が出来ることでも癌と抗癌剤治療に叩かれまくった身体や心には大きく作用するものだ。

この項ではそういう話をしようと思う。

そして「目標」というものは、その身体にほんとに小さい事なのかもしれないけど、奇跡を起こすんだということ。

不思議な話ではないのだ。

病は気から、、というの言葉は大きな効果をもたらすのです。

では、何故、癌になったんだろう? という疑問が沸くことでしょう。
応えを見つけるの難しくて、ネットをあちこちと彷徨ってみても見つからない事が多いと思います。

残念ながら亡くなってしまった後も、その疑問の応えを探している方もいらっしゃるし、「幸せだっただろうか?」という得られるはずのない質問の応えを探している方もいらっしゃるのだろう。

一言、「みんなそうだよ」と伝えて上げたいと思う。
このサイトを続けている一つの理由だ。。

死に至る病(351~438/440)

「癌は死に至る病である」

日本人の死亡原因1位である癌は死に至る病である事に変わりはない。

3人1人、2人に1人とも言われる癌。つまり3人家族であればそのうちの1人は癌で亡くなると言う事だ。

事件や事故に巻き込まれてということもあるけれど、ほとんどの人は何かの病名をつけられて亡くなって行く。

その中で1番多いのが癌なのだ。

医療も進歩している。いずれもしかしたら癌で死ぬ、なんてことがありえない時代も来るかもしれないが、相変わらず死亡原因1位なのだ。

つまり、40、50、60歳代の私たちは医療の進歩を待ってはいられない。

・・・ということになります。

ですから医療だけでは足りません、あなたの手助けが必要なのです。
家族、夫や妻が一緒になって支えていくことで初めて、今求められる最強の治療環境が整うのです。

このサイトにはここまで書いてきたように、40歳から60歳までのご夫婦のどちらかが癌に冒された時にどのように対処していけばいいのか、が書かれています。
実体験とともに、考えた事、感じた事、調べた事、どんな風に妻の闘病期間を乗り越えてきたのかが書かれています。

時に失敗談、時には、まるで一生分の喜びや悲しみをギュッと詰め込んだ感情丸出しの話も入っています。

そして、その時の流れの中で得た夫婦看護とも言える方法なども書かれています。

いま、筆者としては、いまこの瞬間に戦い始めた方、解決できない悩みに立ち止まってしまった方のお役に立ちたいと考えています。

どうぞあちこちをご覧になってください。
開く事の出来るページはすべて読むことができます。
その他のページはメンバーさん専用になっています。

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